エンブリオ/帚木蓬生

エンブリオ 2 (集英社文庫)

エンブリオ 2 (集英社文庫)

この作品の主題は煽り文句がいうように「先端医療と生命倫理の矛盾」にあるのだけれど、何が善で、何が悪か。もはやそういう議論を超越した部分に問題があると思う。読んでいる最中は、岸川の「患者のために」というスタイルには共感したし、倫理面における問題点よりも「患者を救う」という医療的な部分の利点の方が断然大きいと感じていた。これはおそらく、自分が理系人間だから(単に理系の勉強をしているということではない。森博詞の小説を「理系」と呼ぶ感覚に近い)であるだろうし、文型人間や、もしくは年配の人は自分と同じ考え方をしないだろう。なにせ解説でもあるように、岸川は「論理的には」全く非の打ち所がないのだ。
そしてそう、解説。自分の考えの浅さからか、この作品は解説まで読んで一つの作品だ、そう感じた。解説を読んで、裏表紙のひたすら主人公を罵倒する紹介文の言いたいことが少し理解できたし、著者である帚木さんの言葉を引用しながらということもあって、著者の意図も大体掴み取ることが出来るようになっている、なんともありがたい解説である。
そしてなんといっても主人公岸川の人間性。それこそが物語を、作品を、大きく左右している。前述のように「論理的に」非の打ち所がなく、倫理面を考えないならば医者の鏡ともいえるような素晴らしい人間であることは疑うべくもない。ただ、下巻になって出てきた目的のために手段を選ばないところ。解説でも皮肉っていたように資本主義的であるということが問題になるだろう。資本主義そのものは善でも悪でもなく、むしろ善悪を含まないのではないかとすら思えるが、資本主義によって引き起こされる善と悪で矛盾が生じる、これが問題だ。少し話を戻すと、著者が岸川に設定した「目的のためなら手段を選ばない」は、後半部分から分かるように決定的に悪である。これはやはり、著者の想いからなされた、読者に分かりやすく訴えるという設定だろう。あ、あと女癖が悪いのも問題かもしれない。
こういっていると、なんだかこの物語は「DEATH NOTE」で、岸川がキラなのかもしれないと思ってきた。勧善懲悪でないあたりがさらに、問題提起のための作品として似ていると感じさせるのかもしれない。そういう意味でこの作品は、とても素晴らしい作品だったと思う。